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     2012.12.18 Tuesday
この記事でよむよむと言っていた本達だが、図書館で延長を繰り返して電車の中で読んでいる。まずこの本。


大分前に読み終わったが、レビューを書いていないのでまだ手元に。(やっと書ける。)

発端となった日本人の9割に英語はいらないという本で絶賛されていたが、今年読んだ本の中で最高、というほどではなかった。多分、連載記事を集めた本になっていることが影響している。本全体の流れが少し分断されて、同じ内容の繰り返しも少し見られる。

とはいえ、凄く質のいい情報もある。私が知らなかったのは「意識に段階がある」という内容。チンパンジーと人間は何が違うのか?という話をしていて、「到達できる意識の階段の数が違う」という内容だった。志向性意識水準とか心の理論(Theory of Mind)などという名で知られているようだ。自閉症や発達障害にも関係があるらしい。


志向意識水準
意識の階段(比喩であり「段階」の誤植ではない[1])は0段から6段ある。

1 僕は、あの子が好きだ。
2 私は、「あの人は私のことが好きだ」と、思う。
3 僕は、「僕があの子が好きだ」とあの子が考えていると、思う。
4 私は、「あの人は私のことが好きだ」と私が考えていると、あの人が推測していると思う。
5 僕は、「僕があの子が好きだ」とあの子が考えていると僕が推測していると、そうあの子が想像していると思う。
6 私は、「あの人は私のことが好きだ」と私が考えていると、あの人が推測していると、そう私が想像していると、あの人がそんなふうに思っていると思う。

最後の方になるとわけがわからなくなるが、要は相手の考えていることをどこまで深読みするかということだ。じゃんけんをするときに「今からおれ、グー出すかんね!」と宣言して「俺がグー出すっていったからあいつがパー出すと俺が思っていると考えているはずだから、俺はその裏をかいてチョキをだすぞ!と、そう俺が考えていると思っているはずだからグーを出すはずだから俺はパーを出せば勝てる!と、そう俺が考えていると考えているはずだから俺はグーを出すぞ!」みたいな。そして、

チンパンジーが認知できるのは(せいぜい)二次志向意識水準。つまり自分の意図を認識し、相手の意図を見透かすことまで。p.197より引用


なのだそうだ。でも、そんなのチンパンジーに限ったことではない。気をつけていないと人間だって猿並みになる。2番の勘違いというのは、男なら誰だってやるだろう。なにより、言ったはずのことが相手に伝わっていないということはよくあることだ。

水掛け論
最近、通訳をやっいて体験したことを思い出した。会社が主催する小さなCADの授業に通訳として参加する幸運に恵まれたのだが[2] そこでは

「このソリッドのエッジはそれを通るセクションのうち最もエッジの数の多いセクションのエッジの数と同じになります」とか、

「オプションリビジョンは常に更新され続けているので最新ですが、それではやり取りに困ってしまうのでベースラインを作成して上がらないようにします。」

みたいな宇宙言語が、まるでCADのスクリーン上で回転する3Dモデルのように室内の虚空を回転している。当然、変な英語になるわけだが、これは私と先生で同じ言葉を聞いたときに頭の中に浮かぶ絵が違うために起こる。だから先生は、「もしかしたらあののっぺらぼうみたいな顔した通訳のにーちゃんの頭の中には今の言葉でこんな絵が浮かんでいるんだろう」と言うふうに想像して、先生自身が思っている絵に近づける為にホワイトボードに絵を描いたり、言葉を代えたりして説明をしなければならない。この「あいつ多分こう思っているだろうな」という想像(第3次志向意識水準)がどれだけ正確かによって、自分の意図をどれだけ正確に相手に伝えられるかが決まる。

あるいは、私の方から「今先生こう言われましたけどそれについて私はこんな風に思っています」というように「多分こう思っているだろうな」の答えを上手に見せてあげられれば、それも有効なやりかた。コミュニケーションを取るときに、両者にこの姿勢があるとものすごくスムーズに進む。お互いが第2次志向意識水準までだと後になって

「あの時こうやって言ったじゃん!」
「いや、そうやって言ったからこうやったんだよ!」
「だから何でそうなるんだよ、こうやって言ったんだからこっちでしょ!」
「はぁ?だったらなんでそうやって始めから言わないんだよ、そんなふうにいったら普通はこう思うに決まってるじゃん!」

みたいな水掛け論になって時間を無駄にすることになる。誰だって経験があるだろう。


古典を読む意味
私が今からなろうとしている教官というのも「先生」だから、生徒が私の言葉を聞いてどんな絵が頭に思い浮かんでいるかに常に注意を払わなければならないだろう。というか、およそコミュニケーションがある仕事(つまりほとんど全ての仕事)には、少なくとも3次志向意識水準で話をすることが欠かせない。さもないと誤解を生むし、前述したように時間が無駄になる。飛行教官が2次に甘んじていると、最悪その生徒を殺すことになるかもしれない。それは最悪のケースだけど、STICK FORWARDという表現を見た生徒の中には、失速から回復するときに操縦桿を力一杯押すやつがいるかもしれない。[3]

こういうのってちょっと意識を変えるだけで効果があるから、ちゃんと実践しようと思う。実生活では3次までで充分だと個人的には思うが、その先を知りたいならシェイクスピアの作品が5次、6次まで観客を誘う仕掛けがされているらしい。

エリザベス朝のロンドンで羽ペンを手に取ったシェイクスピアは、最低でも六次までの志向意識水準を操作しながら戯曲を書いていくことになる。イアーゴーは、デズデモーナがキャシオーを愛し、キャシオーもデズデモーナを愛しているとオセロが思い込むことを狙っている。それを観客に納得させるのが、シェイクスピアの筆の見せどころというわけだ。p.196より引用


シェイクスピアを読むと、もしかしたらいろいろなことが上手く行くようになるのかもしれない。



1. これも「『もしかしたら段階を間違えて階段って書いたんじゃ?』と誰かが思うかもしれない」という意味で第3次志向意識水準。早速実践。
2. 前回のような止まらない会議通訳ではなく、生徒数が少ないので教師とペースを会わせながら丁寧に逐次で訳していける。今の私のレベルでは少し背伸びしないと届かないくらいの難しさ。渡航前にいいウォーミングアップになった。
3. 力一杯押すとどうなるかはリンク先を見てください。笑


     2012.12.07 Friday
クリスマスプレゼントに本を買ってもらった!



なんちって。

前から気になっていた本だったのだが、単行本をポンポン買っていいほど今はお金を使っていい状態じゃなかったのでとりあえず放っておいたもの。それが無条件で手に入るというのだからこれはすごい。めっちゃうれしい。リーズナブルな野郎でしょう。でも、本というのは(それがいい本なら)凄くコスパがいい製品だと思う。いい本(ノンフィクションを想定)とは、基本的に参考文献がちゃんと載っている本。情報というのは一覧になっているだけで価値がある。膨大な数の一次情報が一カ所に集まっているという点で、しっかり作られた本というのはその「編集」の手間を考えると安いと言わざるを得ない。[1]

そんな似非デキスギクンの戯れ言はさておき。最近は、ビザとバイトでやってる翻訳と忘年会の幹事と確定申告がバッティングして読む暇があまりないのだが、2/3まで読んだところで本が付箋でヘッジホッグみたいになってきたので記事を書くことにした。

真ん中に戻ってくる訓練
この本で最も貴重なのは瞑想のやり方を説明した以下の文だと思う。

息を吸いながら、心のなかで「吸って」と言い、こんどは息を吐きながら「吐いて」と言います。気が散り出したら(自然なことです)、また意識を呼吸に戻します。


昔、浜松の龍雲寺の坐禅会に参加したときに坊さんが言っていたことと似ていた。坊さんは「呼吸の数を数える」と言っていた。吸って吐いてを1セットにして「ひと〜つ、ふた〜つ」と数える。途中で気が散ったら、もう一度「ひと〜つ」からやり直し。ほとんどの人は10に届かないという。(確かにそうだった。)当時、気が散って何か他のことを考えてしまうことは「失敗」だとおもっていた。だから、鍛錬して坐禅の達人になると心が空っぽになってびた一文センターからぶれないようになるんだと思っていた。

でも、この本を読んで、そうではないと気付いた。いや、確かに達人になればそうなるなのかもしれないけど、一般の我慢のきかない人々(四六時中だらだらFacebookをみたり、食べるなといわれてる菓子や飲むなといわれてる酒をいつの間にか手に持っていたり、考えてもしょうがないことを夜な夜な考えて寝不足になったり、ビザと犯罪経歴証明書と健康診断と確定申告を怠けてて師走になって実際に走り回るはめになったりするような人々)にとっては、そのプロセスこそ重要なのだ。すなわち、気が散っても自分を真ん中のいるべきところに引き戻すための訓練として坐禅や瞑想をとらえるといい。通勤中にやると、すぐに効果が実感できる。具体的にはこうだ。

はいてーすってーはいてーすってー。。。ったくうるせーな隣の集団、、いやいやイカンまた戻ってーはいてーすってー。。そういや今日の通訳の予習してねぇや、、いーやイカンイカンはいてー、すってー。心臓の音を聞く。吸うときには心拍数が増えて、吐くときに減る。この波のようなリズムに身を委ねる。呼吸の数は、一分間に3回程度。0.05Hz。んなこと考えてる場合か!はいてー、すってー、、、、[2]


とやっているうちに最寄り駅にすぐ着いてしまう。そのうち仕事や家で面倒くさいけれどやるべきことがあるとき、あるいは将来のことを考えて不安になるとき、嫌なことを思い出してかってに落ち込んだりするとき、スッとそういう状態からニュートラルな状態に戻ってくることができるようになってきた。脱線した自分を何度も引き戻す訓練をしていると、日常生活の同じような場面で自分を引き戻すことが出来る。この効果がいかほどか、想像に難くないだろう。欲求や怠惰や恐怖の罠にがっちりとはまりながら自制心を効かすという、奇跡のような所行が可能になる訳だから。



1. 「国語便覧」とかすごくいい。笑 フルカラーで図が豊富で880円って。。。
2. ここに書いてある方法は結構重要。1分間に3回の呼吸をするには、最初息を吐ききってから自然に吸い、腹が膨らんだら3メートル先にあるろうそくの火を消さない程度にゆらし続けるような心持ちで細長く息を吐いていく。「すってーはいてー」ではなく「はいてー、すってー」なのはそのため。心臓のリズムは心拍変動と呼ばれ、これの差が大きい方が平常心を保っていることになるらしい。上がりっ放し、下がりっ放しの人より上がったり下がったりと変動している人の方がパフォーマンスが高い。
     2012.11.01 Thursday
前回の記事で紹介したぼくらの頭脳の鍛え方 (文春新書)の中に、こんな一文が。。

お勧めなのは、巨大書店の書棚をすべて隅から隅まで見て回ることです。すべて見るのが大変なら、文庫と新書コーナーだけでもいい。現代社会の知の全体像が大ざっぱでもつかめると思います。


ということで巨大じゃないけど本屋に入って新書コーナーを見たのが悪かった。衝動買いしてしまった。。。



この記事のブックリストにある本からつぶしていくつもりがまた本が増えてしまった。でもこの本面白い。日本人と同じく平均身長が170cm代のスペイン代表が世界一になったのはなぜなのか。FCバルセロナのスクール・コーチである村松氏は、1996年大学卒業後に単身スペインへ渡り、バルセロナの指導者への道へ。うーむ、人生をかけて海外へ、という時点でなんだか親近感。


野球的なるもの
著者は、日本で古くから浸透しているスポーツである野球と比較して、サッカーの特徴をこう指摘する。[1]
野球には「守りながら打つ」ことはあり得ません。つまり、「攻守の切り替え」という概念が存在しないのです。


これに対し、サッカーでは「攻守の切り替え」がプレーの中で頻繁に起こるため、状況が流動的で、いつどこで何をするかを事前に決めておくということは出来ないという。うむ、確かにそうだ。私もフットサル(小さいサッカー)をするが、ボールをコントロールすることはできても(それとて簡単ではないがね)次に自分が何をするのか頭の中にないときにボールをもらっても、たちまち敵に囲まれるだけだ。ボールをもらってから考えていては遅い。だからそうなってしまったときは、やむなくパスをくれた仲間に間髪入れずに戻すか、自分のテクニックでボールをキープするしかない。いずれにせよ、状況判断の遅さが局面でのピンチを増幅させて決定的なピンチを招いてしまうのだ。こういう意味では、野球とサッカーは正反対の性質を持つと言える。

スペインに渡って間もない頃、私は子供たちに課すトレーニング方法がなかなか受け入れられない現実を目の当たりにして、ある疑問が頭に浮かびました。それは、日本人として育った私の頭の中に、野球の考え方が無意識のうちに刷り込まれているのだはないかということです。


ぎくりとした。私も小さい頃からサッカーをしてきた。遊び(それも数えるほどだ)以外で野球はやったことはない。それでもやはり、ある特定の技術要素、例えばサイドキックやヘディングやゴールへのシュートというようなことだが、その「練習」を個別に繰り返し行うという経験を数えきれないほどしてきた。著者によれば、これは「野球的」な練習と言える。

お子さんと一緒にボールを蹴っているお父さんコーチの皆さんはいかがですか?「素振り100回」と同じ間隔で「パス交換100回」という練習メニューを課していませんか?


サッカーのこともそうだけど、私がぎくりとしたのは、20代後半になって始めた飛行機の訓練の取り組み方もまさに「野球的」だったからだ。サッカーの経験しかないのに。プロシージャの練習、テストの練習、手と目の動かし方の練習。。。やってきたことを一言で言えば「全体を把握した上で要素にわけ、あとはそれぞれを個別に反復練習」だ。

誤解のないように言っておくが、「野球的」といっているものが良くないといっているわけではない。前述した「試合中に要求されるものの性質に決定的な差があるのでは?」という話が正しいと仮定した上で、練習への取り組み方をその考えに沿うように区分けしたときに、私がやってきたことがどちらに偏っているかということを確認しただけだ。実際、今言った「反復練習」は必要なことだったし、フライトにそれを持ち込まないようにしたことで飛行時間を押さえて免許を取ることが出来たのだ。


サッカーはサッカーをすることでしかうまくならない
だがやはり要素練習だけでは「上手く」なることはできても「強く」なることはできない。フライトの流れの中で何をやるべきで、何をやらないべきかということを判断するのは、フライトという実戦を重ねることでしか体得できない。

著者の前著に、『テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人 』というのがある。このタイトルについて、著者の職場であるバルサスクール福岡校の同僚(スペイン人)に「日本人はテクニックがあると言えるのか」と突っ込みをうけたらしい。つまり、

スペイン人にとって、テクニックとはサッカーの中で活かされる技術のことを意味します。つまり「テクニックはあるが、サッカーは下手」というロジックは成り立ちません。


実戦で活用できてこそのテクニックだ。[2]要素に分割してそれを極めていくと、ともするとそれを忘れがちになる。何の為のMax rateか、なんのためのSteep Gliding turnかなんのためのForced Landingか。

そこんとこいくとニュージーランドの訓練環境(ハードウェア)は、とても「サッカー的」だった。大筋のシラバスはあるが、試したいことがあれば安全の範囲内で出来るし、程よい忙しさの国際空港を拠点としながらタッチアンドゴーが何回も可能な無管制空港がすぐ近くにあるし。ILSもVOR/DMEもPAPIもあるし。私の訓練に対する取り組み(ソフトウエア)が野球的だったから、結果的に程よく混ざってよかったのかもしれぬ。笑

ただ、これから教えることになるだろう外国人の生徒たちは、日本の「野球的」なものに触れたこともない人もたくさんいると思うから、そういうものがあるということに自覚的になろうとおもう。


1. 「指摘する」といっても、「こういう見方があるので、とりあえずこれを正しいと仮定して話を進めますね」という持っていき方。「野球とサッカーが異なる」と主張している訳ではない。
2. サッカー選手としては耳に痛すぎるんですがね。
     2012.10.30 Tuesday
この記事で紹介した本を早速一冊読んだ。アマゾンと図書館[1]を活用して集めている。今回読んだのはこれ。



立花 隆氏と佐藤 優氏の対談を通じてお互いのおすすめ本を「必読の教養書400冊」として紹介している。ブックリストから選んだ最初の本がブックリストとなってしまい、かえって読む本が増えてしまったんだから世話はない。お二人の読書量は半端ではない。私も本は好きで少しは読む方だと思っていたけど、本当のインテリというのがどれほどのものか思い知らされた。世の中の知の深淵というものに、自分がこれっぽっちも触れていないということがわかった。そのショック療法を受けるだけでも本書を読む価値がある。もちろんブックリストとしても秀逸だ。

どんな本を薦めているかは本を読めばわかるので、ここではお二人が対談をしているところから、面白いなと思ったところを抜き出してみる。

グルジア語の動詞の活用
p.17
佐藤:グルジア語の動詞って一つがどれくらい変化すると思います?
立花:どのくらいかなあ・・・・・・。
佐藤:一万なんですよ。

日本語には漢字・ひらがな、カタカナと三つも文字があって、音と文字の意味が微妙にずれているため、この複雑な処理に対応するために脳が高次の進化を遂げる、日本語は脳にいい!という議論のあとに出てきたこの一言。もうグルジア語は脳にいいんだか悪いんだかわけがわからない。サ行変格活用みたいなのがそれぞれ1万段階変化するって言うんだから凄い。さしすするすれせよ・・・・・・・・・・・・

読書による疑似体験
佐藤氏は2002年に「鈴木宗男事件に絡む背任容疑」で逮捕されているが、そのときの経験から、罪を犯していないのに自白してしまう人の心情がわかると言っている。
p.129
私自身が捕まってよくわかりました。人間というのは環境に順応する力がすごく高いんです。中略 取調官と裁判所のあの閉鎖空間の中に入ってしまうと、やっぱり独自の世界観ができて、迎合してしまう。

保釈もされずにずーっといると、閉鎖空間の中で「優等生」になってしまうらしい。人がいい検事の取り調べを受けているうちに、その人が他の検事と競争していたりした場合、助けてあげたくなるのだそうだ。佐藤氏はそのことを「迎合する」と表現していた。ストックホルム症候群にも似ている。これに対抗するのに、たくさんの本を読んでいたことでぎりぎり踏みとどまることができたという。
p.130
あの檻の中で耐えられたのは、ソ連崩壊の時にいろんな人間模様を見た経験と読書による疑似体験、その二つがあったおかげです。中略 供述調書を見る。そうすると、カレル・チャペックの小説「山椒魚戦争」(岩波文庫)なんかが思い浮かんでくるんです。

まぁ檻の中に入るつもりはないが、コックピットというのも、もともと鳥かごという言う意味だし(そういえばこれはパイロットが書いているブログでしたね)閉鎖空間や時間的なプレッシャーで平常心を保つのに、小説やノンフィクションを読んでいろいろな人の人生をその本の数だけ「生きて」おけば、いざというときに「あ、これはあいつのあのときの状況に似ているな」なんていいながらどーんと構えられるかもしれない。そのときの主人公がどうやって切り抜けたのか、あるいはきりぬけられずに死んでしまったのか思い出せれば、その難局を乗り切るヒントになるはずだ。なにしろ、本番の人生では試しに失敗して死んでみる、ということができないのだから。[2] それが本を読む(=教養を身につける)ことの効用だ。

おすすめ
以下は、紹介されていた本の中で面白いなと思ったものの中のさらにその一部である。笑 他にももっとたくさんあるのだが、興味がある人は読んでみてください。

p.79
14 『問題集』
アリストテレス 岩波書店
一般にはほとんど無視されている著作であるが、「小便は時間が経つとより臭くなるが、糞が臭くなくなるのはなぜか」等という命題にアリストテレスが大まじめに取り組んでいる。

p.94
66 『セメント樽の中の手紙』角川文庫 葉山嘉樹
建設現場で働く労働者がセメント樽をあけると木箱が入っていた。その中には、女性労働者から、恋人の労働者が機械に巻き込まれてこのセメントになっているので、どこで使われているか教えてほしいという内容の手紙が入っていた。

p. 99
『塩狩峠』
三浦綾子 新潮文庫
結婚を直前に控えながらも、乗り合わせた列車のブレーキ故障に遭遇し、乗客の命を救うために身を車輪の下に投げ出す主人公。

p.103
『東方見聞録』
マルコ・ポーロ 平凡社ライブラリー
マルコ・ポーロが『東方見聞録』で「チパング島は黄金の国である」と書いたことは有名だ。それならば証人であるマルコがなぜ日本に渡らなかったのかという質問がでてくる。中略「日本人は人食い人種である」からだ。


古いけど読むべき小説やノンフィクションというのはまだまだ知らないところにあるんだなと思った。プロレタリア文学として少し前にちょっとだけはやった小林多喜二の『蟹工船』よりも、葉山嘉樹を強烈に推していた。蟹工船は葉山の『海に生くる人々』のパクリとまで言っている。それにしてもアリストテレス。。。そしてマルコさんはなにをみたんだろうか。。。日本にいるうちに本を読んでおかねば。POFもやらねば。。



1. 最近の図書館はすごい。最寄りの図書館だったんだけど結構新しいものがある。インターネットで予約をすると、その図書館にないものでも周りのところにあるやつを探してもってきてE-mailで知らせてくれる。アマゾンもいいが図書館もいいぞ。(ちなみに先日の記事でなにげなく入れてあった米欧回覧実記というのも図書館にあったのだが、一般の棚ではなく、書庫というところから出てきて、なんとそれは岩倉使節団の実際の見聞録だった。(みんな知ってるんですか)当然カナ表記。驚くのは底に入っている挿絵。かなりの枚数の風景画だが、外国の風景を写真のように精密にとらえていてそれをみるだけでも面白い。)


2. そうすると、パイロットに必須の教養は過去の事故を体系的に身につけることだろう。なんで「航空事故史」を免許を取る必修科目にしていないんだろう。
     2012.10.27 Saturday
日本語が出来ない日本人に、ちゃんとした英語が出来るわけない?

そんなことないよ、帰国子女は日本語苦手だけど英語できる人はいっぱいいるじゃないか!私もそう思っていた。昨日なにげなく手に取ったこの本で少し考えが変わった。



この本で著者は、日本人のほとんどに英語は必要ないのだと喝破する。書き方がすこし過激なのでレビューをみても賛否両論、だが肯定的な意見が多い。著者の主張を一言で表すと

実のある話ができないやつが、いくら英語を覚えたって意味はない。[1]

ということだろう。レビューで否定的な意見を書いている人が感じたような、細かい矛盾点は私も感じたが、上記の主旨には賛成だ。

英語よりも優先すべきこと
著者は勉強の優先順位の話をしたいのだろう。「英語は必要ない」は、「実のある話が出来ないならば」というエクスキューズがついている。ということは仮に日本人の全員が「実のある話ができる」ならば日本人全員が英語を身につけるべき、という結論にもなりうる。前提条件がクリアされれば、やっぱり英語はできたほうがいいのだ。そのことは、最終章が「英語の身につけ方」みたいな内容になっていることでもわかる。でも、筆者によると今のところそうでない日本人が9割だから[2]、まずはそっちをやるべきだと言いたいのではないだろうか。語学取得は時間がかかるし大変[3]だからこそ、無目的に英語の勉強に突き進むことで失う他の何か、その機会損失をうたっているのだ。

「その他の何か」は人によって違うだろう。今の私だったら、ニュージーランドで仕事を取るという直近の目的があるので、かなり「英語が必要な状態」にあるのだとおもう。そこでいきなり英語!と息巻いて「なんちゃら日常英会話集」みたいな本を買ってそこにある表現をぜーんぶ(網羅的に)覚える、というアプローチをするのか、仕事を取る為に言いたいこと、聞き逃したら致命的になること、読んでおかないと話題についていけなくなる本、CV(履歴書)やカバーレターに書きたいこと。そういうことにしぼって表現を身につけていくのか。どっちがいいだろうか。

じっと本を読む
著者は、そういう「ちゃんとした話のネタ=教養」を身につけない人が英語をしゃべってもしょうがないというスタンスのもと、楽天やユニクロのように社員に無目的に英語を押し付ける会社や、英語以外の科目を英語で教えようとする学校を批判[4]し、中高生がじっと本を読めないこと、大学生が最も読んでいる本は漫画[5]であることを指摘する。その上で、読書で「話すネタ」を増やすことが効率的だとし、著者の「おすすめ本」を紹介していた。(下記参照)そこまでいうなら、ということで、アマゾンで買って読んでみることにした。[6]


           

たしかに何も言いたいことがないのに言葉が上手くなるはずもなし。水圧がないパイプラインの蛇口のデザインを考えるようなものだ。いくらいいデザインができても、きれいな水が出てこなければ誰も見向きもしないのだ。




1. この話でいくと英語がしゃべれてもちゃんと着陸できないパイロットはだめだ、って(当たり前だ)ことになるが、それをもってじゃぁ、英語をやらなくてもいいんだ!てことにはならない気がする。飛んでる場所にもよるのだろう、私には間違いなく必要だが、日本で飛んでいる人はどのくらい必要性を感じているんだろうか。

2. ずいぶん乱暴だけどまぁここは目をつぶってそうだとしよう。

3. 裏を返せば、普段の生活の中に無理なく続けられる環境が構築できれば問題ない訳だ。そういう意味では、こんなアプローチもいいかもしれない。

4. こういう状況は、英語による日本語の侵略だと断じていた。インド人は英語で学問をやるから英語をしゃべれるようになるが、我々が学問を日本語でやることはすごいことだという。科学技術や文化を英語以外のローカルな現地語でできるということは、インド人もびっくりなのである。

5. 個人的に日本の漫画はバカに出来ないとおもう。NARUTOやONE PIECEを知っているやつはたくさんいた。それだって共通の話題だってことになる。おもしろいしね。でもそれと同時に万葉集やドストエフスキーを読んでいることも重要か。

6. 上記の本のそれぞれをアマゾンで見てみると、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というところに自動的に上記のそれ以外の本が表示されてびっくりした。内容に関連はないのに。同じことを考えて「おすすめ本」大人買いした人がたくさんいるってことか。




     2012.04.30 Monday
続き。




私がいくら英語を勉強してもいまいち自信をもてなかった要因のひとつに、きれいな英語をしゃべろうとしすぎて、自分が言いたいことがとっさに出てこないというのがある。これは、コミュニケーション軸に力を置いていないことによるのかもしれない。結果として変な間ができて、円滑にいかない。じゃぁ、コミュニケーション軸に重きを置いた英語とは?電話でも何でも良いのだが、せっかくなので、飛行機を乗っているときのことを書いてみよう。

飛行機に乗ってて、ICAOという国際機関で決められたフレーズを使っているうちは、コミュニケーションに問題はない。また、多少こなれた英語が飛んできても、空港の周りでタワーが何を言うかというのは、飛んでいれば大体分かってくるので、CPLになるころには、コントロール内(タワーとの交信が義務付けられている空域)のほうが、安心感があるほどだ。でも、こんな場合はどうだろう。



有名な「ハドソン川の奇跡」のVoice recorderに再現CGをつけたものだが、LaGuardia Approachの管制官が矢継ぎ早に言ってくる。LaGuardiaに戻るか?Teter boroにいくか?こんなとき飛行機を操縦しながら、Emergency drillをしながら情報を伝えるには、最低限の言葉を選ぶ力がなくてはならない。サレンバーガー機長が言ったのは、


0:28 Cactus 1539(49の間違い?) hit the birds, we've lost both engines, return back towards LaGuardia.
1:00 Unable, we may end up in the Hudson. ("無理、ハドソン川になっちゃうかも。"LaGuardia空港のRWY13にいけるか、という管制官の質問に対し)
1:30 We can't do it.(Teterboro空港のRWY01にいけるか、という管制官の質問に対し)
1:33 We gonna get to the Hudson.

難しい英語はほとんどない。でも、必要な情報はすべて入っている。これが、まず目指すべき英語だ。つまり、必要なことを瞬間的に短くしゃべれること。

私は、読み、書き、聞き、話しの4つの能力は、どれかひとつが伸びると、テーブルクロスをつまんで引張上げるようにほかの能力も少し後れてついてくると考えている。だから、英語の勉強で何をすればいいですか、と聞かれたとき私はよく「なんでもいいから苦労せずに楽しんで毎日続けられることを何かひとつ見つけて、毎日続けるといいですよ。」と答える。洋楽でも読書でも映画でもパブで外国人と飲むでもなんでもいい。でも、「さて、やるか」と自分のやる気をつかわないと出来ないような勉強は疲れる。疲れると続かない。続かないと、英語は伸びない。

この中で、圧倒的に難しいのは「聞き」だ。それは、生身の相手が目の前にいるため、自分のペースを守れなくなる場合があるからだ。「読み」も、それなりのものを読めば、知らない言葉が沢山出てくる。「書き」も、日本人の誰もが日本語で本を書けるわけではないことを考えてみよう。その点「話し」は、簡単だ。知っていることだけしゃべれば良い。上述の、最初に目指すべき英語、とも一致する。知っていることだけ書くのは?といわれれば、それはもはや書き言葉ではない。

たとえば外国で道を聞くときに Excuse me, can i ask the way to the station?という文章が何も考えなくても出てくれば問題ないが、これを頭の中で組み立てるのに1秒以上かかってしまうと、「話し」の能力としては5割引になってしまう。なぜなら、話すことは「直ちに」行わなければいけないからだ。正しい英語をしゃべろうとして、1秒、2秒と黙ってから答えていると、変な含みを持った受け答えに聞こえてしまう。だから、この場合、Excuse me, は考えなくても出てくるとして、重要なのはwhere is the station?でいいのだ。もっといえば、Excuse me, station, where?? といって、困った表情をしながら目を合わせた後、前後左右に腕を突き出しせば、駅までの道を聞いているとわかる。実際に、アラビアなど、母語が英語でないけど英語をビジネス上つかうようなところでは、こういうのが ぐろーばるすたんだーど な英語として普通に話されているらしい。現地のタクシーの運転手に次の信号を右に曲がれ、というのに、signal, rightというイギリス人もいるらしい。笑

具体的にどうやってうまくなっていくべきかは、本を読んでもらうとして、なぜこんなに英語英語と私は言うのか。それは、上述のように緊急事態の意思疎通を世界共通語でできないことのリスクがひとつ。そしてもうひとつは、英語ができないことによって自分のパイロットとしての商品価値が下がること。この2点を懸念している。

TPPとかオープンスカイで規制が取っ払われるということは、航空会社間の競争が激しくなるということだから、会社がつぶれたり、クビを切られたりすることが簡単に起こる世界に、近い将来なるはずだ。職人として自分の技量を売っていかなければならないわけだが、その売り込み先にもはや日本の企業がない、ということだって十分考えうる。その際は、基本的には英語が(あるいはこれからは中国語?)で面接をする必要が出てくる。自分の、20点の英語でだ。

日本人なら、本当は「英語ができることが強み」ではなく「日本語ができることが強み」になるべきなのだ。この本読んで、がんばります。。。

     2012.04.30 Monday
先日、テレビで歌手の 一青 窈さんが出ていて、Village Vanguardで本を3万円分買っているのをみて気持ちがすごく分かる気がした。値段を気にせずに、好きなだけ本を買えるくらいの経済力は欲しいな。(まぁほかに何もしなければ、今でもそれくらいはできるか。。。)

ということで、さっそく、まねしてみた。笑

ただ、私は今は貯金もしなければいけないので、3万円も買うことは出来ない。そこで、3冊、新書を買うことに。単行本より安にしても、3冊買ったら新書でも2500円くらいはいく。うむ。気持ちが良い。一冊目はこれだ。





NZに行って分かったのは、実際に使える英語は、努力も大事だけど、結局は運動神経だということ。平たく言えば、慣れだ。「あるセリフがすぐに口をついて出るか、それが正しい英語になっているか」そういうのは、勉強した頭でぐだぐだと考えていては遅い。1年で大分慣れた部分もあったが、最低3年は向こうにいないと、この運動神経は育たないな、と思っていた。

また、私は今翻訳の仕事をしているが、時々通訳の現場にも借り出される。前にも書いたが、通訳というのは英語が出来るだけではだめで、聞いたことを覚えながら話す、という特殊な技能が必要だ。私が見てきた通訳者の人たちは、英語を聞いたり話したりすることにまったく問題がないレベルの人たちばかりで、その上で通訳という技術を学んでいる人が多い。私の場合、通訳技術というよりも、英語を正確に聞いて、話す能力がまだまだなのだ。上には上がいる。


でも、この本の銅メダルという概念は、ちょっと違う。著者は私のように英語が好きではなく、仕事で使わざるを得なくなり、それを切り抜ける術を編み出していくうちに、現在では「金メダル」になったのだそうだ。私は、この英語力を金銀銅と評価することに機転を感じだ。よく、英語ができる人のことを「ペラペラ」という風に言うけれど、私だって、ある分野の話(例えばKiwiとの話題で、日本に帰ったらどうするの?みたいに、よく聞かれたものなど)では、それこそKiwiと同じ位の速度と発音で「ペラペラ」話すことが出来る。でも、例えば今から英語でエアラインの面接にいってこい!とかいわれたら、たぶん「ペラペラ」ではない。だから、「英語ペラペラですね」と言われると、へぇ、などと中途半端な返事をして口ごもるしかない。きっと、「ペラペラ」という言葉の範囲が広すぎるのだ。

英語メダル制の良いところは、いわゆる「英語力」という軸に加えて、もうひとつ「コミュニケーション力」という軸を用意していることだ。著者によると、銅メダル英語力とは、

・自分の言いたいことが伝えられる
・外国人と一緒に仕事ができる
・海外出張や英語プレゼンテーションができる
・留学(大学[院])のための最低の語学力
・現在介在駐在している人の語学力
・「英語がうまい」とはったりを言うことができる
・英語力20点

というものだ。最後のが、衝撃的だ。それまでの項目は、普通、「ペラペラ」に分類される人たちに当てはまると私は感じたが、それでも英語力は20点である。逆を言えば、20点でも相当なことが出来る。20点であれば、私はもうそのくらい「英語軸」はいっているとおもう。それどころか、日本人の大半は20点くらいならいっているだろう。ということは、もうひとつの軸「コミュニケーション軸」を伸ばすことで、上記のようなことが出来るようになるということだ。うん、なんだか勇気が出る話ではないか。

具体的にどうすれば良いかは本を読んでもらうのがイチバンなので、私が印象に残ったところを書いてみる。

【P102 褒めまくりが横行する欧米の職場】
これにはひざを打った。よく、挨拶でHow is it going?(調子はどうだい)といわれたときに、日本人の感覚では、am sleepyとか bit tiredとか、sosoとかいってしまいそうだが、こんなことをいうKiwiはひとりもいない。大体はfine, good, pretty goodだった。悪いときは、not very good とか、疲れた顔しながらもyeah, am greatとか。笑 日本語で「ん、まぁまぁだよ、、、」ぐらいの意味がすでに「good」なのだ。

つまり、英語ではNegativeなことを伝えるときに、表面上の言葉はすごくPositiveに言うので、Good がBad になることがある。これは、英語の本音と建前といっても良いかもしれない。日本人は本音と建前があって分かりづらいとかいうけど、そんなことはない。日本人は、必ず顔に出るから。笑

だから、フライトの後のブリーフィングでnot very badとかgoodとか言われたら、それはあんまり良くないということになる。(もちろん文脈でも変わるけど。)そういえば、CPL XCの最後のレビュー(自己評価は最悪とおもっていた)で言われたっけnot so bad...って。そのときは、そんなに悪くないよ、と日本語で捉えてしまって「うそだー」って答えたけど、それじゃぁ意味がまるで逆じゃないか。。。笑

うん、まぁ、過ぎたことだ。


長くなったのでつづく。 
     2012.02.09 Thursday
南半球の島国での放埒の日々を終え、極寒の極東の島国に帰ってきて私を待っていたのは、劇的な環境の変化だ。透き通るような青空をかけめぐっていたあのころから一転、今は電車に揺られ、つり革に捕まらずに直立し、電車の揺れにいかに柔軟に対応するか、という選手権(これについてはもうひと記事書けるくらい極めつつあるが、趣旨が逸脱するので今回は書かない。)を孤独に開催している毎日である。

この環境の変化で、体に疲れが溜まりがちだなと薄々感じていた。勉強して夜遅くなれば、朝も眠い。毎日徐々に疲れが溜まっていくような生活は、気持ちのいいものではない。理想は、朝布団から出て仕事に行く時までに、一ミクロンも「眠いーつらいー」という感情が起こらないことだ。これができたとしたら、人生の目的の一つを達成したといってもいいのではないだろうか。

毎朝揺られる電車の中、最近はサンマーク出版という出版社の広告が目につく。その中で、こんな本があった。

なぜ、「これ」は健康にいいのか。 小林弘幸


サンマーク出版の本は、タイトルがいかにも「キャッチ」という感じがして、あまり好きではないのだが、悔しいことに書いてある内容については結構実践的なものが多く、けっこう有益な情報に出会える。今回の本も、指示代名詞をタイトルにもってくるあたり、心境としては「ちょこざいな!!」という感じだったのだが、目についたのは、副題だ。


「副交感神経が、人生の質を決める」



日本に帰ってきてからの私は、疲れをいかに溜めないか、コンディションを整えるかということをよく考えてきた。風呂にゆっくり入ったり茶室に心奪われたりというのも、それが顕在化したのだろう。そういった私の問題意識に、本書はぴったりはまった。帰宅途中の本屋で少し立ち読みし、購入を決めた。最近は節約しているので多少気に入った本だからといって、以前のようにバカスカと買うことはなくなっているのだが、この本は買って自分の近しい人に薦めたいと思ったのだ。



本書の内容を要約すると、「自律神経のバランスを整える意識を持ち、そのための簡単な方法を実践することで、いつも体が快適で強くいられる。」となる。自律神経は、呼吸や心臓の拍動、腸の煽動運動や体温調節など、自分では意識でコントロール出来ないものを自動的にコントロールしている。その中には免疫系も含まれる。体中の毛細血管の収縮・弛緩までコントロールしていて、つまり60兆以上と言われる細胞のひとつひとつにICチップが付いているような奇跡的構造をしている。

自律神経は、交感神経、副交感神経という2つのモードを持っている。バランスを取る、というのはこの2つのモードを両方共活性化させることだという。この2つについてよく言われるのは、時間や体の状態によって、まるでシーソーのようにどちらかが優位になるというような説明だ。だが、これは十分ではなく、両方が高い、両方が低い、という状態も考えられる。目指すのは、両方が高い状態。

本書の視点を通してみると、日本という国は兎に角、交感神経優位の人が多いということ。駆け込み乗車、満員電車、競歩のような通勤路、いつまでも明るい社屋。。。NZから帰ってきて疲れがたまるのは、このためだと思う。逆に、自律神経の状態を自分の意のままにできれば、それは60兆の細胞を直接コントロールするということだから、一日の疲れを血流に乗せて雲散霧消させるのなんか簡単だ。。。

そのためには、兎に角全てをゆっくり、やること。急ぐときも、ゆっくり早く。決して息を止めないように。

著者は小児科医で、子供の手術をすることもあるという。子供の体というのは一つ一つが小さく、細く、見づらいのだそうだ。ちょっとした呼吸の乱れが、細い神経を傷つけて、その子供の人生を台無しにしてしまう。そういうプレッシャーと常に戦う仕事だ。特に細かい作業をするときは、息を詰めて「針の穴を通す」作業をするのかとおもいきや、一流の外科医というのは、そういう極限でも決して呼吸を止めないのだそうだ。全く逆で、呼吸の動きに、手の動きをあわせていく。それは、呼吸が自律神経を通して平常心をコントロールしているからで、息を止めた瞬間にすべてのバランスが崩れてプレッシャーに負けてしまう。プロとは、自分をいつも平常心におくその具体的な方法をみにつけた者のことを言うのかもしれない。

パイロットは低い気圧の中で時差ボケと闘いながら頭脳労働を強いられる仕事だ。そして握っているものは、人の命!よい本に出会えた。



     2010.06.30 Wednesday
もっと早く読んでおくべきだった。

ニューズウィーク日本版ペーパーバックス 経済超入門
阪急コミュニケーションズ


この本は、今景気が悪い悪いと騒いでいる世界のアウトラインをシンプルに示してくれる良書だ。

特に、最後の138ページからの第三章だけでも、読んでおくべきだ。リーマンショックのとき、世界の中央銀行がいっせいに金利を下げたのは、過去の反省があったからだった。何にもしていなかったわけではなかったのだ。本当に紙一重だった。ほう。

景気が悪いと、物が売れないので企業は雇用を減らす。失業率が高くなり、物が買えなくなり、物が売れなくなり、、、これが不景気という状態だが、じゃぁ、物を買えば良いんだろ、と国が物(公共事業)を買うのが財政出動だ。必要なことなのだが、これをやっていると国の借金ばかり増える。そのうち、借金を返せなくなるのでは?という懸念が広がるだろう。ギリシャは、まさに今そういうことになっているのだ。ギリシャだけではなく、いまいろんな国で借金がとんでもない額になっていて、日本も例外ではない。というか、最右翼だ。

消費税の切り上げが、参議院選挙のテーマになっているけれど、これに主体的に関わっていくためには、最低限の知識が必要だ。その上で、自分の利害と絡めて投票すれば良い。選挙に対して自分の意見をもつのに、非常に良い本だと思う。

エピローグでは、日本の、ひとつの近未来を描いた短い物語がある。
そこでは、円を廃止して人民元とリンクさせ、目標インフレ率を5%にして持続的な経済成長をすることを、国際機関に通告される日本の姿がある。そこでのある人物(?)の言葉が印象に残る。

『成功する確率は75%以上あります。もしタイムマシンがあって、例えば2010年に戻ってこれと同じ政策を実施できれば、今のような状況は避けられたでしょう。』

     2010.06.01 Tuesday
こんな本を読んだ。

だれでも1日200回はウソをつく! 阪急コミュニケーションズ

ドイツの心理学者、クラウディア・マイヤーという人の本だ。

いやー、面白かった。この本は「ウソ」をテーマにさまざまな分野に枝葉を伸ばしていて、しかもかなり詳細な記述や数字、歴史的事実が列挙されている。見知らぬ人と「お近づき」になるためのポイントや、選挙での誇張表現に対するドイツでの一般認識、また、最終章には著者の嘘発見器の実体験録もあり、興味深い。

ところが、それらが全てウソというテーマで縛られているということが、この本を多くの時間ニヤニヤしながら読んでしまう原因だろう。訳者が「嘘」や「うそ」ではなく「ウソ」というカタカナを訳語に当てたのは、正解だと思う。画数が少なくて、いかにも軽率そうな字面だ。男女のウソ、たちの悪いウソと罪のないウソ、自己欺瞞、認知的不協和、動物界のウソ、うつ病とウソ、写真や動画のウソ、美辞麗句、統計のウソ、政治のウソ、ピノッキオのウソ、、、だが、恐ろしいのは、処々にその「ニヤニヤ」が凍りつくような場面があることだ。

私は2年前からパイロットになる採用試験を受けて、最後の最後でだめになった経験を持っているが、そのことを楽観的に解釈して、今度は自分でライセンスを取得することを考えている。この本を読むとその積極的に見える活動すら、

自社養成訓練生に選ばれるための努力が報われなかった、という無力感に直面すること(=認知的不協和)を、自分にウソをつくことで解消しようとした結果、 つまり自己欺瞞じゃないのか!!?

という視点が生まれてくる。

うまくいかなかったことを楽観的に解釈して次のエネルギーにしているように見えて、実は「目的を達成できなかった無力な自分」を認められずに二つある逃げ道のうちのひとつに飛び込んでいるだけではないのか。悲観的になることが、自分が負け犬だと認めることが、実は一番勇気の要ることではないのか。以下の、文章がささる。

『臨床心理学は悲観論者や鬱病患者を、決して「現実離れした人間、絶望的な人間」と見なしていない。正反対である。鬱病患者こそは、優れた現実感覚を持っていて、自分自身を、そして自分の能力を、ほかの人たちより正確に把握できる人たちなのだ。彼らは人生をウソによって美化できないのである。』

でも、私はまだ楽観論者でいようと思う。

『悲観論者は、楽観論者が経験をつんだ結果だ。』

最後の最後まで楽観論者でいて、だめだったらそのとき初めて悲観論者になろう。それでいいかな。あ、表題の正解は、原著のP.134にて。




※原著より引用した文は、『  』で囲って示しています。

p.s. 近々、このブログの引越しをするかもしれません。もう少し自由に編集できるブログに。決まり次第、連絡します。

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2010パイロット訓練 2013インストラクター 2018エアライン(訓練中) 命を削って、キャリアを掴む。
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