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     2018.09.21 Friday
次回から、note.muに完全移行します。今回の記事もnote に同内容を載せています。文章は同じですが、noteの記事にはブログには載せていない写真も載せました。有料部分では会社のロゴが見えるかも?

noteについて、新しくてどんなもんかよくわからない人もいると思うので、簡単な説明を書きました。こちらのリンクを参照ください。


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このブログは、ほかの仕事を経験した航空の素人が、プロパイロットを目指せるもんだろうかというテーマで2008年からひっそりとやってきた。小さいころからのあこがれだった飛行士の仕事。エンジニアとして働きながら、隠れるように日本の自社養成を経験、挫折したのが2009年、自費による海外訓練を始めたのが2010年、日本に帰ってパイロットを目指すはずが、わけあってNZにとどまり教官となったのが2013年。そこから5年かかってやっとエアラインパイロットの端くれの先っちょに少しだけ指先がかかった状態になったところだ。ブログを始めてから10年目ということになる。

その過程を記録するという目的で始めた本ブログ。訓練中はそのときに起こったことを言語化して記録することで、自分自身の頭を整理して前に進むための「思考の基地」となった。教官になってからは、その職務の性質上、読んで面白い記事を書くことが難しく、つい最近まで更新頻度が激減していたが、パイロットになるというその筋の界隈では、一時わりと知られる存在となり、いろいろなひとから「ブログみてます」とか「あのブログのあの人ですか!」みたいに言ってもらえることがあり、励みとなった。

先日、また訓練日記を書いてみて、私にはこのように作文という形で自分の進捗を振り返ることが性に合っていると感じた。教官時代もいろいろと伸び悩んだことがあったが、もし書いていたらいろいろと違っていたかもしれない。最近はパイロットの爆発的な需要増がうたわれ、問い合わせ等も増えた。私は、20代後半で仕事を捨ててパイロットを目指した。本ブログの最後の記事ということで、それをやってみてどうだったか、私の考えを以下に述べる。そしてそれが、今後パイロットを目指す方に対して少しでも有益な情報となればいいなとおもう。

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やってみてどうだったか。よく聞かれるのが、「生まれ変わったらもう一度パイロットを目指しますか」というような質問だ。ここまでの過程は大変だったので、冗談で、「もうやりたくないね〜」なんていうことはあるが、この質問は実は無意味だ。パイロットという具体的な職種が問題なのではないからだ。もし生まれ変わって、パイロットがやりたいと思ったら、おそらく私はそれを押さえつけてほかの仕事を日々続けることはできないだろう。そういう性分なのだ。だから、その場合はやはりパイロットを目指すだろう。でも、やりたいことは弁護士かもしれないし、ユーチューバーかもしれないし、サッカー選手かもしれない。具体的な職種は、生まれ変わった私がどんな時代に生きているかによるだろう。つまり、この質問は「自分がやりたいとおもったことに出会ったときに、リスクをとってそれを目指す行動を実際におこすと思いますか」と聞くべきなのだ。その場合、答えは「イエス」だ。程度さこそあれ、みんな同じじゃないだろうか。

「子供に同じ道をすすめますか」というのもあるが、この質問はちょっと意味が違う。違う人格の話をしているからだ。アドバイスを求められたらするだろうが「勧めるか」といわれれば、「勧めもしないし、止めもしない」というのが正しかろう。子供がやりたいといえばアドバイスはするし、興味がなければ放っておくだろう。コクピットを見せたりしてきっかけくらいは作るかもしれないけれど。

「パイロット、やってよかったですか」というのはどうだ。よかった、と答えたい。だが、結果的にエアラインに入ったからそう答えているのかもしれない。もしエアラインに入れていなかったら、何と答えるだろうか。わからないが、少なくとも、「やらなきゃよかった」とは考えないはずだ。それは、進路の変更を「自分で」決めたからだ。他人の意思にしたがってキャリアチェンジをしていたら、そして、その上目標を達成できなかったら、激しい後悔が残ったことだろう。でも、私は確実に自分の意志で進路を決めた。エアラインに入れなかったらやっぱり不本意で残念と感じるだろうが、それを自分で決めた、ということだけが、救いになるような気がする。自分の意志で自分を動かし、恐怖に打ち勝ち、行動したという自負があれば、少なくとも後悔はしないはずだし、次の一手が打てる。構造的に、後悔が発生しない。後悔のない人生というのは、エアラインパイロットになるという事そのものよりも、価値があることだと思う。

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最近は、ブログやメールではなく、SNSを通じて簡単に現役のパイロットと直接情報交換ができるようになり、非常に便利になった印象がある。私もたまにSNSなどでこれからパイロットになりたい、というような人の書き込みをみたりすることがあるが、そういう書き込みをみていて、ごくたまに、少し「あぁ、これはまずいな」と思うことがある。一言でいうのは難しいのだが、あえて乱暴に言えば「どうしたらできるだけ最短で給料のいい大手のパイロットになれますか」という主旨の質問を見た時だ。

「給料のいい、大手の」という部分は、わかる。私だって同じ仕事をするなら、給料のいい会社がいいと思うし、日本には航空大学や自社養成という制度があるので、若くして最新鋭の、大きな飛行機に乗って、たくさんの給料をもらうチャンスは現実にある。気になるのは「最短で」という部分だ「効率よく」と言っていることもある。

何を隠そう、私もそんな風に思っていた人間の一人だった。2009年に自社養成への道が絶たれた後、そこから自費訓練を初めて計画した。具体的に計画してみて思ったのが「海外で1年、その後帰国してライセンス切り替えで1年弱か、、、長ぇな、、、」だった。自社養成に受かっていれば、「私ってば、エアラインパイロットになるんですよ」と周りに報告できたのに。合格していれば、今頃入社の手続きが始まって、みんなに自慢できるのに。それまでの人生で、自分のことを心底すごいと、自分自身が思えるような突出した実績を残したことのない私にとって、この時はその「栄光」に最も近づいた瞬間だっただけに、自費での訓練計画は「長丁場」と感じたのだった。今考えれば、とんだ勘違いだった。人生を、まるでオセロゲームのように考えていたのだろう。黒で埋め尽くされた盤面を、レバレッジ効かせた一手で一瞬で白くすることができるとでも思っていたのだろう。

ただ、救いだったのは、私はそこで立ち止まらず、前述したように自分で覚悟を決めて、その「長丁場」を受け入れる決断をしたことだった。勘違いはしたままだったが、進路の変更自体は自分で決めたのだ。ここだけは当時の自分に喝采を送りたいところだ。でも、勘違いはしたままだったので「よし、訓練をできるだけ短期間で終わらせて、とっととエアラインパイロットになるぞ!2年だ。2年でエアラインに入るんだ!」といった具合だった。

当時のブログを見ると、その時自分にかけたプレッシャーが見て取れるような日記ばかりだ、だめだだめだ、こんなパフォーマンスじゃだめだと反省してばかりいた。もちろん、メリットもあった。時間を切ったので、危機感が生まれた。例えば、学科に関しては猛烈に勉強するモチベーションを簡単に維持できた。勉強は、やればやるほど、つまり怠けなければ結果が出るので、これはうまくいった。でも、スキルを身に着けるフライトに関しては、ひとりひとりのペースというものがあるし、自分の学習速度は常に変動していて、早い時もあれば遅いこともあった。遅いことが多かっただろう。だから訓練は、まったく楽しくなかった。一方で「楽しく」飛んでいるのにどんどん先に行くKiwiの同級生を見て、現実とのギャップにさらされて一層苦しくなっていた。


よく考えてみてほしい。

ここまでの話で、私は、ゴールをどこに置いていただろうか。もう一度見てみよう。私はこう考えていた。

「よし、訓練をできるだけ短期間で終わらせて、とっととエアラインパイロットになるぞ!2年だ。2年でエアラインに入るんだ!」

「自社養成に受かっていれば、『私ってば、エアラインパイロットになるんですよ』と周りに報告できたのに。」

「合格していれば、今頃入社の手続きが始まって、みんなに自慢できるのに。」

わかるだろうか。私は、「エアラインに入る」ところをゴールにしていたのだ。まぁ、無理もない。エアラインパイロットになりたい、というのがそもそもの動機だったのだ。そして、「入社」というイベントは、確かに2年でやることも、すべてがうまくいけば「可能」だった。でも、冷静に考えればわかるが、航空会社にパイロット要員として入社したからって、その先もずっとパイロットとしてやっていけるかどうかの保証はない。あくまでパイロット要員、つまり訓練生扱いで、その後の訓練をクリアして初めて一人前と認められる。その時点ではまだ、パイロットになれるかどうかすらわからないのだ。

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私がニュージーランドの学校で訓練をすることになったきっかけであるこのホームページ。最終面接までいったJEXとJAIRの二度目の挑戦が、書類落ち、というドライな結果で終わったあと、這うようにして入った会社のトイレで「海外 パイロット」で検索したとき、当時は最初のページの5番目くらいに表示されていたと思う。(今同じように検索すると、もう出てこない。その代わり、フライトスクールやほかの人のブログや、むしろこのブログなんかが出てきて隔世の感がある)このブログに何回も登場した私ののちの師匠なのだが、私はつくづくこの人に出会って幸運だったと思う。リンク先を見てもらうとわかるが、当時からこんな風に書いてあったのだ。


”また期間については10年を見ていた。一人前になるのに10年・・・・。(私の周りにいたパイロットになりたい人のほとんどは、期間を2年とか極短期間で考えていたのに比べると私は異例な考え方だったかもしれない)”


私も、今年で10年だ。はじめから、観念して、10年としておけば、もっとどーんと構えていられたかもしれない。エアラインに入社することがパイロットになることだ、などと勘違いせずに、はじめから、1人前のパイロットになることを目的に据えていれば、そんなに焦らずに済んだかもしれない。一人前のパイロットになるということがどういうことか、ということを考えれば、そんなものが2年やそこらで手に入るわけがないことくらい、簡単にわかったはずだ。

これは、一生もののキャリアを形成するという話なのだ。 むこう10年、じっくりと腰を据えて人生の時間を使ってゆっくりと仕上げていく彫刻なのだ。粗削りをし、そのあとノミを変えて形を出し、やすりで削って布で磨く。そういうプロセスの話であって、削る前の真四角の石と、ピカピカの彫刻刀セットをもらったからって、良い彫刻ができるとは限らない。

私は、彫刻を削りながら途中でその盛大な勘違いに気づき、急ぐのをやめた。それまでは、粗削り用の彫刻刀だけで皮膚の皺まで削り込もうとしていたが、観念したのだ。よく見れば、目の前の彫刻は粗削りが過ぎたせいでボロボロになっていた。当たり前だ。ちゃんと時間をかけて、削り込む作業自体に注意を向け、興味をもち、疲れないように時々休憩し、適切なペースと適切な道具で削る。その一瞬一瞬に最大限集中して、そして、それを楽しむこと。頭の中にある完成品の虚像にとらわれず、そのプロセス自体を財産とすること。

私は、10年かかってやっと、自分の人生に一つだけ、コメツブのように小さいがダイヤのように光るプライドを持つことができた。そしてここからまた、新たな10年がはじまる。


こんな個人的な記事が役に立つかどうかはわからないが、なにかちょっとでも参考になればうれしく思う。


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これからもブログとしての更新は note.mu にて続けていきます。説明はこちら

これからもよろしくお願いします。

     2018.09.20 Thursday
今回の記事をもって、本ブログ上での記事の更新を最後とします。次回から、note.mu 上での更新となります。noteについてどんなもんかわからない人もいると思うので、ちょっと説明します。

パイロットが仕事になってからは、飛ぶことだけを生活の中心にできた訓練生時代と違い、ブログの執筆にかけられる時間を確保するのが難しくなりました。今までも表現したいことの断片は常にありましたが、このブログはパイロットとしての予備知識がない人が読んでもわかるように書いているつもりなので、それを編集して読み応えのある記事にするには、ことのほか時間がかかり、どうしても更新頻度が落ちていました。

新しい媒体のnoteでは、例えばツイッターのように短い文章を思いつくままに投稿したり、ニュージーランドの美しい景色を写真集のような形で公開したり、ブログのような記事にしたりと、表現の仕方に幅があるため、更新頻度が改善すると考えています。また、記事(「ノート」と呼ぶ)や、記事の集合体である「マガジン」の一部や全部を有料化することで、公共の場に積極的に公開したくない具体的な情報(地名や会社名など)や、炎上しやすい感情的な表現などに踏み込み、より有用で面白い記事が書けると考えています。ただし、有料化の方法は試行錯誤の途中で、今後変わる可能性があります。


こちらのリンクが私のnoteのページです。右側に作成したマガジン、左側から真ん中にかけて最新記事が時系列で表示されます。長い記事の場合もあれば、写真やツイートの場合もありますが、それらはだいたいマガジンという形でまとめられています。有料のものもあれば無料のものもあります。



有料のものは、途中まで無料になっていることが多いと思います。先が読みたいと思いましたら、記事を単体で購入する(100円程度)か、その記事が含まれるマガジン(300円程度)を購入いただくと、有料部分を閲覧できます。その後、そのマガジンに含まれる有料記事はすべて見られます。今のところ、有料マガジンは一つなので、300円を一度払うだけですべての有料記事がずっと見られます。料金スキームは今後変わるかもしれませんが、今の所はこのように。


記事やマガジンの購入にはnoteへの登録が必要になります。そんなに面倒な作業ではありません。画面右上の「新規登録」から、指示に従って簡単に登録ができます。





支払方法については、クレジットカード決済か、その月の携帯電話の料金の支払いに組み込んで払う方法があります。詳しくは、こちらのヘルプページをご覧ください。このブログのコメント欄に質問いただいても結構です。

まずは、無料のコンテンツを試してみて、興味があったらその先を試してみてください。

本ブログ最後の記事はこちらです。次回以降は、note.muでお会いしましょう!


     2018.09.07 Friday
*編集の容易さから、note.muに移行します。しばらくはブログと同時投稿にしてみます。noteでは有料記事を増やしていく予定です。記事1本は100円ですが、記事が掲載される「マガジン」は300円で、マガジンを購入するとその後、そのマガジンに含まれる全ての有料記事が見られます。記事の途中まで無料で、ブログの記事はその無料部分を載せています。その先の有料部分では、より臨場感のある、具体的な情報を載せようと考えています。ご検討のほどを!


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飛行機は無人化するのだろうかなんて話を先日家に遊びにきた師匠とした。

ちょうど私の家がある街でデューティが終わって、DH(デッドヘッド:仕事のためにパイロットが客室に乗って移動すること。「Paxing」と言ったりもするが「死んだ頭」の方が言い得て妙だ。)でベースに戻る予定だったのを次の日に変えてもらったようだ。私も同じようにウェリントンに戻るDH便をキャンセルして自宅待機していた。ユニフォーム姿の師匠を迎えに言って、自宅へ送迎。私服に着替えてやっと一息。暗くなるまでだらだらと過ごす。

夜になり、妻が作ってくれたラムラック(羊の高い部分)の焼いたやつを肴に、少し前に日本で買ってきて取っておいた日本酒をあわせた。久々の日本酒は上品な香りで全く、よい。

パイロットが集まると、飛行機やフライトの話ばかりをしていると思うかもしれないが、そんなことはなくて、むしろフライトの話は避けるような印象さえある。私は新しい世界に入ったばかりで、色々と質問したいのだが、仕事を終えた直後の頭で「DME Arcのプロファイルモニター」やら「VNAVが外れる時のロジック」やら「カンパニーフィロソフィー」やらをくそ真面目に論議するのは疲れる。私もデューティが終わった後、ホテルに入ると今日のフライトの復習のためにノートをつけたいなと思うのだが、ベッドに倒れこむと、2度と起き上がってノートをつけるなんてことはできない、ので、よくわかる。

宴もたけなわになって、妻は翌日仕事なので先に寝、たわいない話をしてさてそろそろ寝ますかねとなったところでふと、冒頭のテーマを口にしたのだった。

私は、「最初の飛行機は5人とか6人乗りだったんですよね、それがだんだんと3人になり、コンピューターの恩恵を受けて今は2人になっているなら、例えばAIが発達したらいつかはパイロットはいなくなるかもしれませんね」なんて言ったのだが、師匠の意見は違った。

一人になることはあるかもしれないが、0人になることはちょっと考えにくい、とのことだった。私は、その後の師匠の話を聞いて、人の命を乗せた旅客機の先頭の座席に座ることの意味を、全くわかっていなかったと痛感した。

インストラクターをやっているときに常々疑問に思っていたのは、なぜ私よりも年齢も人生経験もひょっとしたら技量もすくない(と私が感じた)学生が、学校を卒業した後、サクサクとエアバスのレーティングを取って「エアラインパイロット」としてデビューし、何事もなくやっていけるのだろう、ということだった。彼らが私よりも努力していない、と言っている訳ではない。ニュージーランドと、アジア圏ではパイロットのキャリアパスが違うので、うちの学校を卒業して母国へ帰り、若くしてエアラインパイロットになる人の割合が、多く見えるのはむしろ当たり前なのだ。そういうのは全部わかった上で、彼らだって努力しているということも全部わかった上で、じゃぁなんで俺は、となってしまう。いかにも器の小さい感想だが、それが本当だ。インストラクターとして5年間もくすぶり続け、上司の評価は低く、一回一回の試験だって本当に限界まで準備しても「可」的な評価しかもらったことはないような私にとって、彼らのサクサク度合いは驚異的だった。私にとって、エアラインに合格することというのは非常に遠い目標なのに、なんで彼らはこれほど悠々とこの壁を越えていけるんだろう。

フェイスブックに会社のユニフォームで満面の笑みを浮かべてる若い人たちの写真をみて、一人の学生がキャリアを掴んだことに対する喝采とともに、羨ましさを感じていたものだ。エアラインパイロットって、そんなに簡単なものなのか?カッチョいいユニフォームを着て、東洋人がかぶるとキョンシーみたいな印象になる非日常的なデザインの帽子を被って、自分の身長ほどもある直径を持つエンジンの脇に立つ彼らを見て、失礼ながらも、本当に疑問に思っていた。

一度、今のエアラインに就職する1年くらい前に、違うエアラインの試験を受けたことがあった。これは香港の会社だったが、2日ある試験のうち、1日目のシムチェック、コンピュータ試験、グループワーク試験に通らないと2日の面接に進めないという厳しいもので、しかもフィードバックは一切なし。会社が手配してくれた高級酒店(ホテル)は香港國際駐機場に隣接していて、窓からでっかい777や330がひっきりなしに見える。そんな場所で面接する予定だった2日目が白紙になって、丸一日やることがなくなった。一緒に来た妻はホテルの部屋で泣いてるし、どの面下げてこの世に存在しろっていうのか。

少々脱線したが、上記のエアライン以外にも、モルディブの水上機の会社や、ニュージーランドのあらゆるチャーター会社、オーストラリアベースのエアラインなど、色々なところに応募したが、結果は全てNO。そういう経験もあって、どうやら私はパイロットとしての資質がもしかしたら本当に欠けているのかもしれないという気分によくなったものだ。だって、そうじゃなかったら、あんなに楽しそうな新人パイロット達の写真が、フェイスブックにポコポコあがってくるはずがない。人には得手不得手があって、私はこんなに頑張ってコミットしているのに結果が出ないということは、彼らが得手としていることが私には不得手なのではないか。そうじゃなければ説明がつかないじゃないか。

今のエアラインに入ったあとでさえ、心のどこかでこの「俺ってパイロットやってていいのかね」という疑問は、バーベキュー後の炭の燃えかすのようにブスブスとくすぶり続けていた。消えたと思っていても、シミュレータトレーニングで結果が芳しくなかったりすると、途端に炭に火がつきそうになるわけだ。どうして結果が出なかったのか、という直接的な原因については、先回の記事の通り、解決していたが、そもそもの資質を自分自身が疑うという心理的傾向については、見て見ぬ振りをして来た。

でも、今回の師匠の、「飛行機は絶対に無人にするべきではない、なぜなら」という話を聞いて、ついにこの弱っちい心の動きを完全消火することができた。

その日、宴もたけなわになってさて寝るか、となった直前に、師匠は、Cabin Depressurisationした時の話、をしたのだった。

師匠「キャビン減圧しているってどうやってわかる?」

私「Cabin Pressureの警告灯がつきます。あとは、空気が漏れている音とか気圧の変化で耳が痛くなるとか」

師「そうだ、あの時も警告灯がついた、で、その次のアクションは?」

私「Rapid Depressurisation のメモリーアイテムです。」

メモリーアイテムとは、緊急事態時にパイロットがやるべき一連のアクションで、パイロットはこれを記憶(メモリー)して、いつでも正確にできなければならない。その後、QRHと呼ばれる本を開いて、その本を見ながら一つ一つスイッチを操作していく。メモリーアイテムは、急減圧やエンジン故障など、急を要する事象にQRH以前の最初の対策として設定される。現代の飛行機は二人乗りなので、この場合一人はPF(パイロットフライング)として飛行機を「飛ばす」事を担当し、もう一人はPM(パイロットモニタリング)として「事象の対策」を担当する。PFは飛行機を飛ばしつつ、PMに「Rapid Depressurization Memory Item」とオーダーすると、PMがあらかじめ頭に叩き込んである急減圧に対するメモリーアイテムを実施するのだ。

師「急減圧のメモリーアイテムなんだっけ」

私「Oxigen Mask On, 100%, Mike Switch Mask, Establish crew communication, "Attention Attention, This is the captain, Emergency Descent", Condition Lever max, Power lever Flight Idle, Airspeed, Vmoです。 」

師「そう、シムではそう習う。で、俺のFOもそれやろうとしたんだけど、、、」

私「まさか、急減圧でメモリーやらないなんてことは、、、」

師「やらなかった。」

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note.muに続く
     2018.08.29 Wednesday
*編集の容易さから、note.muに移行します。しばらくはブログと同時投稿にしてみます。

先日の記事で書いたタイプレーティング(飛行機の操縦資格)を無事終えて、いよいよライントレーニング、飛行機のOJTが始まった。

これからおよそ1ヶ月間、数にして100セクター(100便)、実際の運航を学ぶ。操縦資格をとったとは言え、私のような、右も左もわからないペーペーのFO(ファーストオフィサー)と飛ぶにはそれなりの経験を持ったキャプテンでなくてはならない。実際に、そういう資格を持った「トレーニングキャプテン」と飛ぶことになる。100セクターが終わった後に、審査があり、彼ら以外のキャプテンと飛んでも安全を損なうことがないと認められると、晴れて一人前のファーストオフィサーとしてスタートラインに立つことになるのだ。

シミュレータのタイプレーティングトレーニングも大変だったが、ライントレーニングはまた違った大変さがある。まず、ディストラクション(横槍)の多さが違う。キャプテンとのブリーフィングの途中にATC(管制)から質問が入ったり、お客さんや荷物の積み込みが遅れたり、FMSと呼ばれるコンピュータに到着経路をプログラムしてさぁ、降下だ、というところで滑走路の向きが変わって全部打ち直しになったり。。。とにかく邪魔が入って計画通りに物事が進まない。着陸後、車椅子が必要なお客さんがいるので、目的地が近づいてきたら無線で会社のオペレーションにあらかじめ用意してもらうよう伝える、なんてこともあった。

タイプレーティングの時は、操縦資格の取得が目的だったから、車椅子のお客さんはいないし、管制官は空気を読むし、滑走路や到着経路はその日の課題としてあらかじめ決まっているので、変更するということはなかったわけだ。

ところが、実戦では、タイプレーティングで言われた通り、習った通りの順番で仕事をやろうとすると、上記のような邪魔が入ることで、中断ややり直しが多くなる。車椅子のような実戦ならではの作業は、そもそもそんなことをするなんて知らないので、作業そのものがおっかなびっくりである。結果、時間のロスが多くなる。時間をロスすると、定時出発・到着に影響が出てきて焦燥感が生まれる。焦るとミスが増え、さらに時間をロスする。スパイラルだ。これはしっかりとミティゲート(対策)されないと安全運航に支障をきたしてしまう。それでも、数本飛ぶと、色々と見えて来る。ミスをしながら、でも、それを致命的なミスにしないように管理しながら、ミスから学び、ひとつひとつ習熟していく。それにしても、最初の数日間は、ものすごいラーニングカーブだった。トレーニングキャプテンは大変だこりゃ。
     2018.08.22 Wednesday
*編集の容易さから、note.muに移行します。しばらくはブログと同時投稿にしてみます。

エアラインパイロットの訓練は、主にシミュレータ(シム)と呼ばれる巨大な箱の中で行われる。ニュージーランドでは、実機を飛ばさなくても先回書いた「タイプレーティング」つまり操縦資格が取れてしまう。日本の場合は、、、知らない。

DHC-8は、二人で操縦する飛行機だから、訓練も二人ひと組になる。私のバディは、前職の同僚インストラクターのクリスくんだ。20代前半の前途有望な金髪小僧である。

で、こいつの頭の回転がまー早い。

予習なんかしなくても、その場で、直前に言われたプロシージャやセリフがちゃんと飛行機を飛ばしながら出てくる。頭の中に余分なスペースがたくさんあって、計算なんかもしっかりできる。

タイプレーティングの訓練は、操縦そのもの練習は最初の1回しかない。あとは全て「フライトのマネジメント」が訓練の主眼になってくる。あるタイミングまでに必要なタスクを全て完了して、飛行機を着陸態勢にするには、その一つ手前のこの段階でこの仕事を終えて、そのさらに前のここではこれを確認して、そのまた前には、、、とゴールから逆算してタスクを抜け漏れなく完了しなければならない。抜け漏れなくやるには、プロシージャといって毎回毎回決まったやり方と順序と言葉を使って、誰と、いつ飛んでも、同じやり方ができなければならない。

ところが、これを速度や高度を管理しながら、つまり、飛行機を「飛ばしながら」やるのは大変な負荷のかかる知的作業で、慣れないと難しい。皿回しをしながら決まった時間内に料理をするようなものだ。少なくとも、皿回しをルンルンでできなければそんな芸当はできないし、ルンルンでも、あらかじめどんな手順で料理をするのかを予習しなければ、時間がかかりすぎてしまう。どっちが欠けてもダメなのだが、クリスはその両方に長けていた。

私の場合は、良くも悪くも普通のパイロットなので、ミスもするし、抜け漏れはあるし、操縦は荒れるしで情けない思いをすることになる。英語のハンデもある。ただし、ミスから学べばいいので、別段落ち込むことでもないのだが、私の悪い癖は、人と比較をされて自分の評価が低い場合、それに引きずられてしまってさらにパフォーマンスがスパイラル状に悪くなることがある、ということだ。これはいかん。人と比較がない場合でも、たとえば自分の過去のダメなパフォーマンスを思い出してそれに引きずられることも同根だと考える。いわゆる、本番に弱い、結果が出ない人。orz

で、今回それを克服する糸口が見えたので、書いておきたい。自分が本番に弱い、と自覚する人には、もしかしたらヒントになるかもしれない。

思えば、インストラクターになった時からその気が出てきたように思う。それまでは、人並みに緊張こそすれ、本番に弱いというような感覚はあまりなかった。インストラクターになってから、フライトテストやチェックを「恐れる」ようになった。ダメだとは思っていても、どうしてもビビる自分がいて、どうして自分はこんなにしょぼいんだと嫌になることもあった。

今回シムをやっていて、10回の訓練のうち、最初の4回目くらいまでは、順調だった。最初は離陸のコールアウトや、どのスイッチをどの手順で操作するというような比較的単純なテーマだった。滞在先のホテルのロビーでクリスとソファーに腰掛け、A1大の紙に印刷したコクピット「紙レータ」で(英語ではCockpit Tigerと言っていた。なぜタイガーなのかはわからない)まるで雨乞いをするシャーマンのようにプロシージャの練習を共にしていたものだ。

ところが、訓練が進み、フライトのマネジメントがその主眼になってくると、自分とクリスの学習速度と習熟度の差が明らかになってくるにつれ、自分のパフォーマンスが相乗的に悪くなっているのが確認できた。言い訳をすれば、英語ってのがやっぱりでかいかもしれない。特に、数字はやばい。

たとえば「半径12マイルの円弧上を1マイル進む時にの角度が5度だ、この円弧に入ってからインバウンドまでだいたい60度進むとしたら、インバウンドに到達するまで飛行機は円弧上を何マイル進む?」って日本語で言われれば「5度で1マイルなら60度なら12マイルか」とすぐできるけど、英語で言われると、処理がhi-hoのダイヤルアップ回線かっていうくらい遅くなる。

とにかく、私が遅れ出すとクリスにも迷惑がかかる。シムの後の日程まですで決まっているので、レッスンやり直しなんてことになったらその後のライン訓練にまで影響が出てしまう。でも、ここでふと疑問に思った。習熟度の速度が違うだけなら、遅くても進歩はしているはずなのに、今までしなかったようなミスをしたり、頭の思考速度が極端に落ちたりすることがあるのは何故なんだと(スケジュール上、8時から夜中の12時というシフトで頭がぼーっとしがちなのもあるが、それはクリスも一緒なはずだ)。

で、気づいた。あれ、俺、単純に今ここに集中していないじゃないか、と。

note.muに続く
     2018.08.06 Monday
私の飛行機は、DHC-8という。そう、あの細長い胴体に、海軍機のようなガニ股の脚が最高にセクシーな彼女である。プロペラがついているが、私が今まで教官で飛んでいたセスナのような飛行機とは質的に異なるものがたくさんついていて、先日その彼女の操縦資格「タイプレーティング」の訓練を無事終了した。

飛行機というのは、小さいセスナから大きなエアバスまで、操縦の原則は変わらないが、機種によって操作の順序や飛行の特性は異なる。車ならBMWとカローラで別々の資格が必要ということはないが、飛行機では基本的に機種別に操縦資格を取得する必要がある。(国によっては軽飛行機は一律にしているところもある。)その資格は、大元の「免許」(ライセンス)に「限定資格」(タイプレーティング)として付与される。エアラインに入って最初の仕事は、運航する飛行機のタイプレーティングを取得することで、そのトレーニングと試験が終わったのだ。

質的に異なる、ということは、パイロットとしては大きなジャンプになるわけだ。具体的には、
・レシプロエンジンからガスタービンエンジンになったこと
・与圧キャビンになったこと
・2PILOTによる操縦になったこと

が大きい。推進力をプロペラで得ているだけで、エンジン内部の仕組みはいわゆる「ジェットエンジン」と変わりはない。国内線など、あまり速く飛ぶ必要がない比較的近距離の輸送では、プロペラによる推進の方が噴流による推進より効率が良いので、適材適所として「ジェットエンジン」の一番前にプロペラをくっつけるのだ。これを「ターボプロップ」と呼ぶ。速度を追求しない分、離着陸距離が短くなることも見逃せない。日本でも離島や地方の空港で「ジェット機」が離着陸できないようなところに交通の便を提供している。燃費のいいターボプロップは、地方に空の便を提供し、会社に利益をもたらす重要なプレイヤーだ。

上記の3つの特徴を持つ飛行機の経験は、多くの場合そもそもエアラインパイロットとして職を得るために必要となる経験であるにも関わらず、得てしてエアラインでしかそういう飛行機は運航していないという矛盾に、小型機のパイロットは苦しめられるのである。パイロットの需要が増えた時に、上記の経験を持っていないパイロットの募集がかかることがあったり、エアラインでないが上記の要件を満たす中型の飛行機を運航する会社(例えばメディカルパイロットなど)のパイロットがエアラインにステップアップした結果、小型機のパイロットが中型機に上がる、というようにして、ところてんが押し出されるようにゆっくりゆっくりとキャリアをのぼっていく。出口が閉まれば、ところてんは押出器の中でストップする。いつその扉が開くかは、中のところてんにはわからない。そういう状態でモチベーションを発揮するのは、よっぽど自分の味に自信があるところてんにしかできないだろう。人生を無駄にしているような感覚を持ちながら悶々と扉が開くのを今か今かと待つのが、海外のパイロットのキャリアの積み方の鉄板である。

翻って今は、空前のパイロット不足である。ところてんの扉が蝶番ごと吹き飛んでしまって、ところてんに味がしみる前にだだ流しになってしまっている状況だ。実際、私も中型機の経験を経ずしてダイレクトにエアラインの募集が来た。扉が開くと、その勢いはものすごく、私は教官をしながら5年近く待ったが、今では教官になって1年の連中がインタビューに呼ばれている。ところてんの供給元としてはたまったものではない。学校では教官が不足し、近く立ちいかなくなるだろう。それは、吸い上げ先のエアラインが種もみを食いつぶしているようなもので決して健全な状態とは言えないが、構造的な問題で、今のところ解決策はない。



*編集の容易さから、note.muに移行します。しばらくはブログと同時投稿にしてみます。




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プロフィール
2010パイロット訓練 2013インストラクター 2018エアライン(訓練中) 命を削って、キャリアを掴む。
メールフォーム設置しました。
飛行機の訓練や免許取得、NZでの生活など、私が何かお役に立てることであれば出来る限り誠実にお答えします。お気軽にどうぞ。右下をドラッグして入力エリアを拡大できます。また、送信ボタンを押して内容を確認後、送信できます。


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