<< March 2024 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
2015.09.06 Sunday
ある金曜日の午後5時。
早々に仕事を切り上げた他のスタッフ達は、二階のバーで盛り上がっているに違いない。特に今日は新しく就任した我々のCFI(Chief Flying Instructor)もいるだろうから私も上にいってひとつ挨拶でもしてこようかと、ネクタイを外して階段を上がりかけたのだが、そこで中国からきたある顔なじみの学生と立ち話になった。
彼は、中国のあるエアラインの準キャデットのような扱いでうちの学校に来ていて、先日MEIR(多発計器飛行証明)とCPLを終えてもう直ぐ帰国するらしい。いろいろ話しているうちに、日本ではどうやってパイロットになるんだ、と彼が言うので、日本人学生が辿る道のりを説明した。
日本人学生はニュージーランドの訓練が終わった後、就職できるのかどうか保障がないまま1000万円を日本の飛行機学校に納め、免許の書き換えをしなければならない。この訓練は、小型機でクロスカントリーとIFを、つまり海外でやったのと同じ内容のことをもう一度日本でやれというのだ。それで1000万円。[1] そして、雇われてもすぐに訓練を開始するでもなく、1年以上パイロットではない部署に回され、給料は会社にもよるが、おおむね副操縦士で年収6-800万くらいじゃないだろうか。
そうやって軽く説明すると、最初はどうしても分かってもらえなかった。ICAO加盟国同士でどうしてそんなに長い訓練が必要なのか、とか、あぁ、訓練ってあれでしょ、エアバスのレーティングとかそう言う話だよね?とか、とにかく話が噛み合ない。やっと日本ではまずライセンスの書き換えに小型機の訓練を1000万円払ってやり直さなくては行けないんだ、という特殊事情を理解してもらっても、学生がその訓練資金を自腹で払うということを理解させるのがさらに大変だった。彼曰く、
「パイロットが足りないのになんで航空会社が訓練費用を出してやらないんだ?」
と。そうだね、確かにね、このままじゃパイロット中国に取られちゃうかもね。と冗談まじりに言うと、真顔で本当にそうだよ、と。
エージェントを紹介してやろうか、と言われた。彼は、パイロットを航空会社に紹介する中国のエージェントに登録し、提示された複数の航空会社から行き先を決めたらしい。外国人もいるのか、と聞くと、わんさかいるという。外国でパイロットになる際にいつも足かせになるビザの問題も、会社が全部やってくれるらしい。条件はうちの学校の学費と同じくらいの登録料と、航空会社から内定をもらった状態でエアバスかボーイングのレーテイングを自分で取ってくること、だそうだ。総額で1000万円くらいだろうか。世の中そんな上手い話があるわけない。月収はNZDに換算して約20000ドルだという。ふん、20万円ね、まぁ駆け出しならそんなところだろう。。。。
2万ドル?
年収?いや、月収って言った?
「もう一回聞くけど年収だよね?」
「いや、月収。20000ドルの、月収。」
まじかよ!
それじゃぁ登録料とレーティング費用なんか半年で返せてしまうぞ、と思ったが、実際にそうらしい。どうやら、中国ではとんでもないレベルの人材不足が起きていて、ブラックホール状態なのかもしれない。と、ここでハタと思い到る。
日本人の学生にも興味があるやついるんじゃないのかな。
だって、いくら母国とはいえ同じ1000万円払って、就職の保障もないまま訓練をやって、そこそこの給料をもらってパイロットをやるくらいなら、条件のいい外国で、パイロットとして自分の人生の時間を投資しようと考える人が出てきてもおかしくない。日本の航空業界は、そういう桁違いの条件でパイロットを囲い込んでいる国がすぐ近くにあるということをよく考えた方がいい。
ただ、もちもんデメリットがない訳ではない。ある中国の航空会社は、終身雇用と引き換えに、もし会社を辞めた場合は1億円以上の違約金を払わなければならないらしい。一度入ったが最後、出られないじゃシャレにならん。カルチャーも違うし、なにより民主主義国家でないことのカントリーリスクはちょっと計算できないものがある。(後で聞いた話によると、外国人にはこれは適用されないらしい。)
ふむ、と一通り思考をグルグルと巡らせて彼との話に戻る。
聞くと、今からフライトだという。金曜の午後5時に、訓練も終わった学生がフライト?しかも、よりによって学校で最も料金が高い双発機のセネカで、だ。
「1ヶ月前に会社の要件が変わって、A320で飛ぶにはトータルで500時間の飛行経験が必要になったんだ」
なるほど。おそらく保険とかそういう理由だろう。帰国日まで日があるから、飛んでおけと会社から言われたらしい。それでも、帰国日までにあと300時間以上飛べる訳ではないだろう、どうすんのと聞くと
「あぁ、会社がどこかにGAを紹介してくれて、そこで貯めろってさ。」
それは素晴らしい。飛行機は?172?
「DiamondのDA42っていうやつ。」
うーむ、所変われば常識も変わるやね。
[1] 私が日本でやらなかったのもここにどうしても納得できなかった、ということが大きい。
早々に仕事を切り上げた他のスタッフ達は、二階のバーで盛り上がっているに違いない。特に今日は新しく就任した我々のCFI(Chief Flying Instructor)もいるだろうから私も上にいってひとつ挨拶でもしてこようかと、ネクタイを外して階段を上がりかけたのだが、そこで中国からきたある顔なじみの学生と立ち話になった。
彼は、中国のあるエアラインの準キャデットのような扱いでうちの学校に来ていて、先日MEIR(多発計器飛行証明)とCPLを終えてもう直ぐ帰国するらしい。いろいろ話しているうちに、日本ではどうやってパイロットになるんだ、と彼が言うので、日本人学生が辿る道のりを説明した。
日本人学生はニュージーランドの訓練が終わった後、就職できるのかどうか保障がないまま1000万円を日本の飛行機学校に納め、免許の書き換えをしなければならない。この訓練は、小型機でクロスカントリーとIFを、つまり海外でやったのと同じ内容のことをもう一度日本でやれというのだ。それで1000万円。[1] そして、雇われてもすぐに訓練を開始するでもなく、1年以上パイロットではない部署に回され、給料は会社にもよるが、おおむね副操縦士で年収6-800万くらいじゃないだろうか。
そうやって軽く説明すると、最初はどうしても分かってもらえなかった。ICAO加盟国同士でどうしてそんなに長い訓練が必要なのか、とか、あぁ、訓練ってあれでしょ、エアバスのレーティングとかそう言う話だよね?とか、とにかく話が噛み合ない。やっと日本ではまずライセンスの書き換えに小型機の訓練を1000万円払ってやり直さなくては行けないんだ、という特殊事情を理解してもらっても、学生がその訓練資金を自腹で払うということを理解させるのがさらに大変だった。彼曰く、
「パイロットが足りないのになんで航空会社が訓練費用を出してやらないんだ?」
と。そうだね、確かにね、このままじゃパイロット中国に取られちゃうかもね。と冗談まじりに言うと、真顔で本当にそうだよ、と。
エージェントを紹介してやろうか、と言われた。彼は、パイロットを航空会社に紹介する中国のエージェントに登録し、提示された複数の航空会社から行き先を決めたらしい。外国人もいるのか、と聞くと、わんさかいるという。外国でパイロットになる際にいつも足かせになるビザの問題も、会社が全部やってくれるらしい。条件はうちの学校の学費と同じくらいの登録料と、航空会社から内定をもらった状態でエアバスかボーイングのレーテイングを自分で取ってくること、だそうだ。総額で1000万円くらいだろうか。世の中そんな上手い話があるわけない。月収はNZDに換算して約20000ドルだという。ふん、20万円ね、まぁ駆け出しならそんなところだろう。。。。
2万ドル?
年収?いや、月収って言った?
「もう一回聞くけど年収だよね?」
「いや、月収。20000ドルの、月収。」
まじかよ!
それじゃぁ登録料とレーティング費用なんか半年で返せてしまうぞ、と思ったが、実際にそうらしい。どうやら、中国ではとんでもないレベルの人材不足が起きていて、ブラックホール状態なのかもしれない。と、ここでハタと思い到る。
日本人の学生にも興味があるやついるんじゃないのかな。
だって、いくら母国とはいえ同じ1000万円払って、就職の保障もないまま訓練をやって、そこそこの給料をもらってパイロットをやるくらいなら、条件のいい外国で、パイロットとして自分の人生の時間を投資しようと考える人が出てきてもおかしくない。日本の航空業界は、そういう桁違いの条件でパイロットを囲い込んでいる国がすぐ近くにあるということをよく考えた方がいい。
ただ、もちもんデメリットがない訳ではない。ある中国の航空会社は、終身雇用と引き換えに、もし会社を辞めた場合は1億円以上の違約金を払わなければならないらしい。一度入ったが最後、出られないじゃシャレにならん。カルチャーも違うし、なにより民主主義国家でないことのカントリーリスクはちょっと計算できないものがある。(後で聞いた話によると、外国人にはこれは適用されないらしい。)
ふむ、と一通り思考をグルグルと巡らせて彼との話に戻る。
聞くと、今からフライトだという。金曜の午後5時に、訓練も終わった学生がフライト?しかも、よりによって学校で最も料金が高い双発機のセネカで、だ。
「1ヶ月前に会社の要件が変わって、A320で飛ぶにはトータルで500時間の飛行経験が必要になったんだ」
なるほど。おそらく保険とかそういう理由だろう。帰国日まで日があるから、飛んでおけと会社から言われたらしい。それでも、帰国日までにあと300時間以上飛べる訳ではないだろう、どうすんのと聞くと
「あぁ、会社がどこかにGAを紹介してくれて、そこで貯めろってさ。」
それは素晴らしい。飛行機は?172?
「DiamondのDA42っていうやつ。」
うーむ、所変われば常識も変わるやね。
[1] 私が日本でやらなかったのもここにどうしても納得できなかった、ということが大きい。
- コメント
- 初めまして。
パイロットになりたい思いに蓋をして26際まで生きてしまったブレブレと申します。
日本で航空会社に入っても、ANA、JALにでも入らない限りあまり報われない気がして(年収的に)、いっそ海外で就職をと思っている時に、こちらの記事を拝読しました。
中国での就職を狙ってパイロットを目指すというのは現実的なのでしょうか?またどうすればその道を実現することができるのでしょうか。
ネットで調べているのですが、自分の検索力が足りないのか、中々思うように適切な情報を見つけることができず行き詰まっておりました。。。。
乱文で恐縮なのですがお手隙の際にご返信いただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いします。
大堀 -
- ブレブレ
- 2018.05.10 Thursday 18:44
- 管理者の承認待ちコメントです。
-
- -
- 2015.09.07 Monday 19:02
- きむさん>
コメントありがとうございます。ちょっと弁解じみてしまうかもしれませんが、この記事で「ぺーぺー」という表現を使ったときは日本のエアラインに就職する方々のことは頭にありませんでした。どちらかというと、中国やその他の新興国で爆発的にパイロット需要が増えることで、今よりさらに条件が緩和されたあとの世界が頭にありました。ただ、読み返してみると日本で就職を目指す人達のことを言っているようにもとれ、気分を害する表現だったかもしれません。申し訳ありませんでした。
自費で国内エアラインを目指すことがどれだけ大変かは、少なくとも経済的な大変さについては私にも実感できるところですので、決してそういう人達を馬鹿にしている訳ではありません。ただ、自分たちの業界で何が起きているのかを常に把握しようとすること、今まで常識だと思っていたことがどうやらそうではないかもしれないと考えることはとても大事だと思うのです。日本ではたくさんのお金をエアラインの運航と直接関係のない訓練に払わないとスタートラインにすら立てない。それを受け入れることでしか、日本ではエアラインパイロットとして飛ぶことはできない。現時点では確かにそうです。しかも、それだけの大金を集められる実務能力や、大金を投じることで醸造される覚悟のようなものが、事実上プロを目指すための試金石になってるようにさえ感じます。でも、このままでいいのでしょうか。本当にパイロットはいなくならないんでしょうか。
どこの国にも納得できることと納得のいかないことがあり、何を我慢して何を得るのかは完全に個人の責任です。私が日本の訓練を受けないのは、やっぱり、個人的に今の制度に納得ができないからです。ですから、ブログではネタとして書いていますがいつまでたっても「陸単ピ」なのはしょうがないですね。それが私のコストです。もし日本へ戻るなら、エアラインパイロットとして戻りたいと思っています。その時は「お手並み拝見」となるでしょうから「使えない外国のインストラクターあがり」と言われないように気をつけます。笑
最後の部分は笑えない冗談でした。不適切かもしれませんので、削除しておきます。ご指摘ありがとうございました。 -
- Ash
- 2015.09.07 Monday 18:00
- 国によって事情は大きく違うでしょう。
日本という国はそういう点では非常に無駄ですよね。
しかし、そういう点を把握し我慢しないと日本では飛べないという
ことです。もちろんお金はかかりますが、ローンなどで工面して
費用を払い就職していった人も多くいます。僕もその一人です。
ぺーぺーからいきなりエアバスやボーイングはリスクあるというのは僕も納得の意見だとは思いますが、それでもやっていけるのが現状です。海外でCFIやってましたと言って入社してきても訓練でフェイルする人もいますからね笑
長らくブログを拝見してますが、日本では訓練されないのでしょうか?
あと、[1]の私が日本でやらなかったのも.....という文はどういう意味でしょうか? -
- きむ
- 2015.09.07 Monday 16:39
- コメントする
- この記事のトラックバックURL
- トラックバック