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     2018.10.19 Friday

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     2018.09.21 Friday
次回から、note.muに完全移行します。今回の記事もnote に同内容を載せています。文章は同じですが、noteの記事にはブログには載せていない写真も載せました。有料部分では会社のロゴが見えるかも?

noteについて、新しくてどんなもんかよくわからない人もいると思うので、簡単な説明を書きました。こちらのリンクを参照ください。


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このブログは、ほかの仕事を経験した航空の素人が、プロパイロットを目指せるもんだろうかというテーマで2008年からひっそりとやってきた。小さいころからのあこがれだった飛行士の仕事。エンジニアとして働きながら、隠れるように日本の自社養成を経験、挫折したのが2009年、自費による海外訓練を始めたのが2010年、日本に帰ってパイロットを目指すはずが、わけあってNZにとどまり教官となったのが2013年。そこから5年かかってやっとエアラインパイロットの端くれの先っちょに少しだけ指先がかかった状態になったところだ。ブログを始めてから10年目ということになる。

その過程を記録するという目的で始めた本ブログ。訓練中はそのときに起こったことを言語化して記録することで、自分自身の頭を整理して前に進むための「思考の基地」となった。教官になってからは、その職務の性質上、読んで面白い記事を書くことが難しく、つい最近まで更新頻度が激減していたが、パイロットになるというその筋の界隈では、一時わりと知られる存在となり、いろいろなひとから「ブログみてます」とか「あのブログのあの人ですか!」みたいに言ってもらえることがあり、励みとなった。

先日、また訓練日記を書いてみて、私にはこのように作文という形で自分の進捗を振り返ることが性に合っていると感じた。教官時代もいろいろと伸び悩んだことがあったが、もし書いていたらいろいろと違っていたかもしれない。最近はパイロットの爆発的な需要増がうたわれ、問い合わせ等も増えた。私は、20代後半で仕事を捨ててパイロットを目指した。本ブログの最後の記事ということで、それをやってみてどうだったか、私の考えを以下に述べる。そしてそれが、今後パイロットを目指す方に対して少しでも有益な情報となればいいなとおもう。

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やってみてどうだったか。よく聞かれるのが、「生まれ変わったらもう一度パイロットを目指しますか」というような質問だ。ここまでの過程は大変だったので、冗談で、「もうやりたくないね〜」なんていうことはあるが、この質問は実は無意味だ。パイロットという具体的な職種が問題なのではないからだ。もし生まれ変わって、パイロットがやりたいと思ったら、おそらく私はそれを押さえつけてほかの仕事を日々続けることはできないだろう。そういう性分なのだ。だから、その場合はやはりパイロットを目指すだろう。でも、やりたいことは弁護士かもしれないし、ユーチューバーかもしれないし、サッカー選手かもしれない。具体的な職種は、生まれ変わった私がどんな時代に生きているかによるだろう。つまり、この質問は「自分がやりたいとおもったことに出会ったときに、リスクをとってそれを目指す行動を実際におこすと思いますか」と聞くべきなのだ。その場合、答えは「イエス」だ。程度さこそあれ、みんな同じじゃないだろうか。

「子供に同じ道をすすめますか」というのもあるが、この質問はちょっと意味が違う。違う人格の話をしているからだ。アドバイスを求められたらするだろうが「勧めるか」といわれれば、「勧めもしないし、止めもしない」というのが正しかろう。子供がやりたいといえばアドバイスはするし、興味がなければ放っておくだろう。コクピットを見せたりしてきっかけくらいは作るかもしれないけれど。

「パイロット、やってよかったですか」というのはどうだ。よかった、と答えたい。だが、結果的にエアラインに入ったからそう答えているのかもしれない。もしエアラインに入れていなかったら、何と答えるだろうか。わからないが、少なくとも、「やらなきゃよかった」とは考えないはずだ。それは、進路の変更を「自分で」決めたからだ。他人の意思にしたがってキャリアチェンジをしていたら、そして、その上目標を達成できなかったら、激しい後悔が残ったことだろう。でも、私は確実に自分の意志で進路を決めた。エアラインに入れなかったらやっぱり不本意で残念と感じるだろうが、それを自分で決めた、ということだけが、救いになるような気がする。自分の意志で自分を動かし、恐怖に打ち勝ち、行動したという自負があれば、少なくとも後悔はしないはずだし、次の一手が打てる。構造的に、後悔が発生しない。後悔のない人生というのは、エアラインパイロットになるという事そのものよりも、価値があることだと思う。

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最近は、ブログやメールではなく、SNSを通じて簡単に現役のパイロットと直接情報交換ができるようになり、非常に便利になった印象がある。私もたまにSNSなどでこれからパイロットになりたい、というような人の書き込みをみたりすることがあるが、そういう書き込みをみていて、ごくたまに、少し「あぁ、これはまずいな」と思うことがある。一言でいうのは難しいのだが、あえて乱暴に言えば「どうしたらできるだけ最短で給料のいい大手のパイロットになれますか」という主旨の質問を見た時だ。

「給料のいい、大手の」という部分は、わかる。私だって同じ仕事をするなら、給料のいい会社がいいと思うし、日本には航空大学や自社養成という制度があるので、若くして最新鋭の、大きな飛行機に乗って、たくさんの給料をもらうチャンスは現実にある。気になるのは「最短で」という部分だ「効率よく」と言っていることもある。

何を隠そう、私もそんな風に思っていた人間の一人だった。2009年に自社養成への道が絶たれた後、そこから自費訓練を初めて計画した。具体的に計画してみて思ったのが「海外で1年、その後帰国してライセンス切り替えで1年弱か、、、長ぇな、、、」だった。自社養成に受かっていれば、「私ってば、エアラインパイロットになるんですよ」と周りに報告できたのに。合格していれば、今頃入社の手続きが始まって、みんなに自慢できるのに。それまでの人生で、自分のことを心底すごいと、自分自身が思えるような突出した実績を残したことのない私にとって、この時はその「栄光」に最も近づいた瞬間だっただけに、自費での訓練計画は「長丁場」と感じたのだった。今考えれば、とんだ勘違いだった。人生を、まるでオセロゲームのように考えていたのだろう。黒で埋め尽くされた盤面を、レバレッジ効かせた一手で一瞬で白くすることができるとでも思っていたのだろう。

ただ、救いだったのは、私はそこで立ち止まらず、前述したように自分で覚悟を決めて、その「長丁場」を受け入れる決断をしたことだった。勘違いはしたままだったが、進路の変更自体は自分で決めたのだ。ここだけは当時の自分に喝采を送りたいところだ。でも、勘違いはしたままだったので「よし、訓練をできるだけ短期間で終わらせて、とっととエアラインパイロットになるぞ!2年だ。2年でエアラインに入るんだ!」といった具合だった。

当時のブログを見ると、その時自分にかけたプレッシャーが見て取れるような日記ばかりだ、だめだだめだ、こんなパフォーマンスじゃだめだと反省してばかりいた。もちろん、メリットもあった。時間を切ったので、危機感が生まれた。例えば、学科に関しては猛烈に勉強するモチベーションを簡単に維持できた。勉強は、やればやるほど、つまり怠けなければ結果が出るので、これはうまくいった。でも、スキルを身に着けるフライトに関しては、ひとりひとりのペースというものがあるし、自分の学習速度は常に変動していて、早い時もあれば遅いこともあった。遅いことが多かっただろう。だから訓練は、まったく楽しくなかった。一方で「楽しく」飛んでいるのにどんどん先に行くKiwiの同級生を見て、現実とのギャップにさらされて一層苦しくなっていた。


よく考えてみてほしい。

ここまでの話で、私は、ゴールをどこに置いていただろうか。もう一度見てみよう。私はこう考えていた。

「よし、訓練をできるだけ短期間で終わらせて、とっととエアラインパイロットになるぞ!2年だ。2年でエアラインに入るんだ!」

「自社養成に受かっていれば、『私ってば、エアラインパイロットになるんですよ』と周りに報告できたのに。」

「合格していれば、今頃入社の手続きが始まって、みんなに自慢できるのに。」

わかるだろうか。私は、「エアラインに入る」ところをゴールにしていたのだ。まぁ、無理もない。エアラインパイロットになりたい、というのがそもそもの動機だったのだ。そして、「入社」というイベントは、確かに2年でやることも、すべてがうまくいけば「可能」だった。でも、冷静に考えればわかるが、航空会社にパイロット要員として入社したからって、その先もずっとパイロットとしてやっていけるかどうかの保証はない。あくまでパイロット要員、つまり訓練生扱いで、その後の訓練をクリアして初めて一人前と認められる。その時点ではまだ、パイロットになれるかどうかすらわからないのだ。

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私がニュージーランドの学校で訓練をすることになったきっかけであるこのホームページ。最終面接までいったJEXとJAIRの二度目の挑戦が、書類落ち、というドライな結果で終わったあと、這うようにして入った会社のトイレで「海外 パイロット」で検索したとき、当時は最初のページの5番目くらいに表示されていたと思う。(今同じように検索すると、もう出てこない。その代わり、フライトスクールやほかの人のブログや、むしろこのブログなんかが出てきて隔世の感がある)このブログに何回も登場した私ののちの師匠なのだが、私はつくづくこの人に出会って幸運だったと思う。リンク先を見てもらうとわかるが、当時からこんな風に書いてあったのだ。


”また期間については10年を見ていた。一人前になるのに10年・・・・。(私の周りにいたパイロットになりたい人のほとんどは、期間を2年とか極短期間で考えていたのに比べると私は異例な考え方だったかもしれない)”


私も、今年で10年だ。はじめから、観念して、10年としておけば、もっとどーんと構えていられたかもしれない。エアラインに入社することがパイロットになることだ、などと勘違いせずに、はじめから、1人前のパイロットになることを目的に据えていれば、そんなに焦らずに済んだかもしれない。一人前のパイロットになるということがどういうことか、ということを考えれば、そんなものが2年やそこらで手に入るわけがないことくらい、簡単にわかったはずだ。

これは、一生もののキャリアを形成するという話なのだ。 むこう10年、じっくりと腰を据えて人生の時間を使ってゆっくりと仕上げていく彫刻なのだ。粗削りをし、そのあとノミを変えて形を出し、やすりで削って布で磨く。そういうプロセスの話であって、削る前の真四角の石と、ピカピカの彫刻刀セットをもらったからって、良い彫刻ができるとは限らない。

私は、彫刻を削りながら途中でその盛大な勘違いに気づき、急ぐのをやめた。それまでは、粗削り用の彫刻刀だけで皮膚の皺まで削り込もうとしていたが、観念したのだ。よく見れば、目の前の彫刻は粗削りが過ぎたせいでボロボロになっていた。当たり前だ。ちゃんと時間をかけて、削り込む作業自体に注意を向け、興味をもち、疲れないように時々休憩し、適切なペースと適切な道具で削る。その一瞬一瞬に最大限集中して、そして、それを楽しむこと。頭の中にある完成品の虚像にとらわれず、そのプロセス自体を財産とすること。

私は、10年かかってやっと、自分の人生に一つだけ、コメツブのように小さいがダイヤのように光るプライドを持つことができた。そしてここからまた、新たな10年がはじまる。


こんな個人的な記事が役に立つかどうかはわからないが、なにかちょっとでも参考になればうれしく思う。


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これからもブログとしての更新は note.mu にて続けていきます。説明はこちら

これからもよろしくお願いします。
     2018.10.19 Friday



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2010パイロット訓練 2013インストラクター 2018エアライン(訓練中) 命を削って、キャリアを掴む。
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